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魚町銀天街ジョイントアーケードが賞をいただきました。

今年3月に竣工しました「魚町銀天街ジョイントアーケード」(正式名称:魚町エコルーフ)が第41回ストアフロントコンクール住宅・オフィス・公共施設・
その他部門で金賞を受賞いたしました。

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カーテンウォール等を取り扱っている昭和フロント株式会社(旧昭和アルミサッシ)が主催しているコンクールで、昭和フロント製品を使用した物件の中から選定されるものです。
今回はトップライトの部分が昭和フロントさんの製品で構成されいまして、太陽光パネルと網入りガラスのストライプの配置構成になっています。
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受賞の電話がかかってくるまで、コンクールのこと自体しりませんでしたが、いろいろなところでこのような評価をいただけるのはとても光栄なことです。

魚町では、今回のジョイントアーケード工事を含む魚町銀天街ショッピングモール化事業を皮切りに、まちづくり会社を設立、iPhoneやTwitterを利用したイベントを行っています。詳しくはこちら

これからの魚町がこれからどうまちをつくっていくのが気になるところです。


(寺川智也)
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by mono_koto | 2010-06-17 15:49 | 現場日記

monday gallery 100405

4月の月ギャラ、担当は環境デザイン機構です。
第1週、4月5日は環境デザイン機構の佐藤俊郎がプレゼンターを務め、ゲストに広瀬正人氏を迎えて行いました。「地方自治体の光と陰のデザイン-糸島市長選挙を戦って」と題して、佐藤自身が、今年2月に惜敗を喫した糸島市長選について、選対本部長の広瀬正人氏とともに駆け抜けた約半年間の活動と、そこで出会った糸島の人々や魅力について、たっぷり二時間語っていただきました。
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地域の人々の声を聞き出し、土地の魅力やそこで活動する人たちなど、様々な地域の顔に出会えた選挙活動を、「巨大なワークショップ」と振り返る両氏。もちろん敗れたことには悔いが残るが、残されたものが何もなかった訳ではないと言います。
沢山の出会いはその中でも一番の収穫。とても二時間では紹介しきれないほどでした。また、少なからず市民や相手候補に、考えるきっかけを与えられたこと。昨年9月の合併前の前原市長選とは、比べものにならないほど、2月の糸島市長選は市民の関心も相手陣営の公約の中身も改善されたと語っています。
糸島市の抱える課題はまだまだ山積しているが、政治だけでは解決しきれない問題もたくさんあり、それに対して何ができるか現在模索中と佐藤は語ります。また、「私には今後の市政を見守り続ける義務がある」と語る佐藤自身を、みなさん目を光らせて見守って行きましょう。

ちなみに、写真でお気づきの方は相当なmonokoto通ですが、monokoto会議室が若干大きくなりました。さらに46inchのプラズマテレビもやってきました。是非お近くにお越しの際は、覗いてみてください。


三宅唯弘
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by mono_koto | 2010-04-14 12:44

モノコトお花見2010

今年も3月27日(土)にモノコトプロジェクトではお花見を開催しました。
近くの大橋西公園で、桜を見ながらお酒を吞みました。

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料理は、店から買ってきたお寿司と唐揚げやサラダなどに加え
家庭で仕込んできたおでんとバーベキューセットで魚などを焼いたりして
少し寒い春に負けずと約70名で暖をとりました。

日が暮れて、公園での花見は終了し、
みなさまのおかげで片付けもあっという間に終わました。
その後は、例のごとく事務所で遅くまで吞み語りました。


料理は種類も多く好評でして、みなさん満足して頂けたと思います。
前日からおでんを作って頂いた杉本家・荒田家ごちそうさまでした!
少し余ったおでんは、翌日カレーにしてモノコトのみんなで頂きました。

また当日に向けて、準備をしたアルバイトさんとスタッフお疲れ様でした。

日頃なかなか会えない方々に会えて、お話ができたよい機会でした。

(倉掛健寛)
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by mono_koto | 2010-04-12 14:14 | ザ☆パーティー

不死鳥のように


c0113608_1431419.jpg福岡市早良区の室見川で29日(土)、第7回室見川灯明まつりが行われました。外環状線や都市高速道路の整備によって急速に姿を変えつつある校区の環境に、コミュニティの分断や美しい景観の喪失、交通安全などに危機感を持った人々が集まり有田校区の将来を考えていくまちづくり実行委員会を組織したのが2000年春。そのとき、校区住民のコミュニケーションや共同作業の楽しさ、そして一人でも多くの住民に有田校区のまちづくりに関心を持ってもらおうという意図で始めました。今では校区だけでなく、福岡市中の人が楽しみにしている祭りとして発展してきました。

c0113608_14325048.jpg 今年のテーマは「川面で夢見るメルヘンの世界」(メルヘンには始めちょっと戸惑いました が・・・)。河原橋を渡ったメイン会場では、橋の上を視点場に設定し、そこから最もよく絵が見えるように平面を正確に補正するという初めての試みを行い、イメージ通りの「火の鳥」を浮かび上がらせることに成功。河原橋にはいつまでも多くの人が佇んでいました。その他、PTAによる「うさぎと亀」、町内会を中心にした地域の人々による「カボチャの馬車」「北風と太陽」が揺らぎながら川面にすばらしい風景をつくり出していました。
c0113608_14382583.jpg 他にも、中学生による光るメリーゴーランド、小学生による水車、番傘によるタイトル、男の料理による竹灯明、さらに「おいでよ!絵本ミュージアム」で展示された巨大なありもライトアップされました。同時にNPO法人デザイン都市・プロジェクトによる福岡環境映像祭も実施され、抑揚のきいたすばらしい夜でした。
c0113608_1439538.jpg室見川灯明まつり始まって以来、最も完成度が高い祭りだったと思います。翌日、最後の片付けを行った後、反省会を行いましたが、地域の皆さんの表情からは疲れの中にも自分たちの地域に対する誇りが溢れており、とても気持ちよく酔うことができました。



今回大成功に終わった灯明まつり。実はここに至るまでに紆余曲折がありました。
今になって初めて言えるのですが、第6回の昨年、袋の数や砂の位置を間違ったり、ロウソクがうまくつかなかったりしたことなどが重なり、
c0113608_14395736.jpgこれまで僕が関わってきた灯明イベントの中で、失敗といっていいほどのものでした。地域の皆さんにも疲労だけが残り、反省会でもいろいろな問題が出されました。まちづくりへの思いが一気に冷めてしまうのではないかと危惧しました。

しかし、公民館主事の上野さんと実行委員会の犬塚会長を中心に、今年は早いうちからロウソクを探し、これまでよりも6倍する単価のロウソクに変更(これが英断だった!)、地上絵の紙袋分けや砂の位置決定などもそれぞれの担当の方が早々と動き、万全の状態で望むことが出来ました。
c0113608_14424568.jpg「私は去年ものすごく悔しかったけん、絶対リベンジしたかったと。見に来た人に今年はものすごく綺麗かったと言われた時は本当にうれしかった」とは昨年に引き続き紙袋の仕分けを担当した友納さん。それを聞いて目頭が熱くなりました。地域の人々は一年間ずっと内に秘めていた思いをようやく開放させることができたのです。

この夜、有田校区はまさに「不死鳥」のように再び羽ばたき始めました。3時間で幻のように消えてしまったまつりの写真をアップしながら、共同作業が生み出す暖かい連帯感にしみじみと喜びを感じている月曜の午後でした。

岡 大輔
まつりのデザインアドバイザーとして参加
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by mono_koto | 2007-10-01 14:55 | デザインボランテイア

「参加する劇場から愛される劇場へ」

去る2007年9月1日、竣工直後の日田市民文化会館(設計:香山壽夫建築研究室)の見学会と
シンポジウムのレポートです(日本建築学会大会関連行事)。

敷地の日田は大分県西部の都市で人口74000人、周囲を阿蘇・くじゅう山系や英彦山系の山々に囲まれた盆地。古くから北部九州の交通の要衝だった日田は、江戸時代、幕府直轄地・天領として九州の政治・経済・文化の中心地として栄え、歴史的な街並みで知られる豆田町にはその面影が色濃く残されています。最近では平成17年に前津江村・中津江村・上津江村・大山町・天瀬町の1市2町3村で合併し、新日田市がスタートしています。
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日田市文化会館の設計者を決めるエスキースコンペには我々、環・設計工房も参加し、結果は佳作という結果でした。香山先生が一等という知らせを、大学の大恩師が勝者というを誇りに思う気持ちと、自分たちの労作が一等を勝ち得なかったという複雑な思いで聞いたのでした。奇しくも香山先生はコンペの締め切りの前日、大橋の居酒屋すずめに「芸工大の同窓会」にいらしていて、我々はてっきり、「香山先生はコンペをあきらめたのでは」との甘い期待を持ったのでしたが、コンペ案は香山先生の緻密で美しいスケッチが前面に押し出された案での晴れ晴れしい勝利でした。
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日田市民会館エスキースコンペ 環・設計工房案

香山壽夫とは?
九州芸術工科大学のキャンパスの設計者であり、東京大学の名誉教授。吉武泰水やルイス・カーンに師事した建築家。九州では伊万里のトラピスチン修道院、瀬高町立図書館等の作品がある。学校建築や劇場、宗教建築の作品が多い。私個人の接点としては、恩師、故岡道也先生が学生時代に香山先生と机を並べて芸工大キャンパスに携わっていた時の話、下山田小学校がコンペで当選した時の審査委員長、芸工大の同窓会で始めてお会いした時にすぐに名前を覚えて頂いて、しかも取るに足らない話題にも下りて話をしてくれた人、正直、いつかこういう人に少しでも近づきたいと思わせる憧れの人です。
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伊万里 トラピスチン修道院   香山壽夫

日田市文化会館とは?
大小二つのホールと市民ギャラリー等からなる施設で敷地面積9500m2、延床面積8900m2、建設費約40億の建物。身近な例と比べるとアイランドシティの小中学校の1/4の敷地面積、6割の延べ面積、1.5倍の建設費。

外観で印象的なのは周囲のまちなみと高さを合わせたという深い軒。高いフライタワーや劇場のボリュームは「引き」のない現状の敷地では、ほとんど感じられず、町の中にただ広い屋根とその下に広がる「木」の色をした奥行きのある空間がひろがるという感じ。建物の外形がどうこうという視点はなく、ただガラスの奥のちょっと贅沢な空間のひろがりとこれからそこで行われるであろう営みへの期待、そこへ関心が絞られるつくりになっている。ガラスの壁面というと、普通すこし拒絶されたイメージを感じるが、深い軒の下のガラスは、暗さで反射がない分、中の様子がダイレクトに見えて、建物の外皮として熱環境的にも説明のつく、すごい可能性を秘めている。
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ホール内観。徹底的に利用されている地場産材。杉・桧・小鹿田焼の土・左官技など、日田だから実現できた技が随所に見える。
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「公共の建物」のあるべき姿とは?
シンポジウムの冒頭で香山先生は「愛」より「公共」という言葉に焦点を絞って話をされた。
「都市とはひとに喜びや安らぎを与える場所である」「都市とは共に住む意識を確認できる場所である」
この場合、都市は建築に置き換えても考えられそう。一方、
「うたや踊りはいつも共同体の共有するよろこびの中心にある」その箱になる場も中心かも。
そんな中でものづくりについては非常に堅い決意ともとれる言葉も。
「我々の仕事は結局、ものが手がかりになる」
「住民参加の場合も最初から形を提示する。(最初から形を提示することについては)反論もいろいろあるが、形を参加する人々の意見を聞いて柔軟に変えていくことを条件に、具体的に、早い段階から形を見せる」そんなプロセスの積み重ねが独りよがりでない共有される建築を作っていくのかもしれない。
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日田市民文化会館は12月23日にグランドオープンの予定。
皆さん、豆田の街並み、その中の天領マート(環・設計工房設計)、サッポロビール園、いいちこ焼酎工場、琴平温泉(おすすめ!)などと一緒に日田を訪れてみてはいかがですか?

杉本泰志
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by mono_koto | 2007-09-04 01:06 | モノコト日記

東京日記(!)

c0113608_18474859.jpg池尻中学校跡地再生プロジェクト(世田谷ものづくり学校:IKEJIRI INSTITUTE OF DESIGN)はすばらしい!週末に見てきました。
世田谷の渋谷から田園都市線で一駅、池尻からタクシーに乗ってワンメーターで着きます。様々なメデイアで紹介されているので詳細は省略(ホームページを見てください)。現役小学校の横で、使われなくなった旧中学校の校舎が生き生きと再生していました。5年の定借で世田谷区からIDEEの黒崎氏グループ(株式会社)が借りて運営しています。
わかりやすくいえば、テナント事業。ただ、行政の相手先が教育委員会ではなく、産業政策と男女共同参画というのがいい。つまり、良くありがちなアートや演劇(なかなか政策的に効果が計りにくい)ではなく、むしろ経済効果が証明しやすいデザイン系でまとめているのも成功の理由ではないでしょうか。

c0113608_1851793.jpg それと入居している組み合わせ(ブランデイング)が程よい。設計事務所、映像のプロデユース事務所、大手家電メーカーのラボ、大学の研究室、はたまたパン屋の工場(これがうわさの高級ベーカリー)などで、実に「創造的」な雰囲気でした。そこにはカフェ(昔の給食室風)があり、ランチが評判だそうです。一言で言えば「楽しそう」。事業収益的には、中学の教室がそっくりそのまま残されている部分があって、そこでの映画やグラビアなどの撮影の収益が馬鹿にならないという話。今では現役の学校での撮影は不可能に近いのだそうだ。テナントからの家賃、スペース貸し、自主事業収益などで、空きを待つほどの人気があるという説明でした。
創造性とはこんなことをいうのでしょう。行政がもっともかけている視点です。
株式会社だからできたのでは?
いつもの愚痴が付きました。
(佐藤俊郎)
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by mono_koto | 2007-02-26 18:51 | モノコト日記

してみよう 石橋

ザ☆パーティー
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by mono_koto | 2007-02-19 22:07 | 連絡

都市プランナー田村明の闘い―横浜“市民の政府”をめざして

都市プランナー田村明の闘い―横浜“市民の政府”をめざして | Excite エキサイト ブックス > 書籍情報

c0113608_14263785.jpg数年前、福岡市の都市形成史について調査する仕事をしたことがありました。そのとき参考にしたのが、『港町・横浜の都市形成史』という横浜市がつくった極めて質の高い本でした。実はこの本こそ、ここに紹介する本の著者、田村明氏のいた(というか、田村氏がつくった)企画調整局が編集したもので、当時、日本にこのようなものを作ることができる自治体があったのかと感動した覚えがあります。私の関わった仕事では福岡市都市形成史モデルのようなものをつくり、建築だけでなく都市そのものをアーカイブしていく必要があるという提案をしました。それもすでに横浜にあった横浜開港資料館などがモデルとしてありました。

本書『都市プランナー田村明の闘い―横浜“市民の政府”をめざして』は、田村氏自身が横浜市職員として、自治体を国の出先機関としか考えない官僚や利益優先の民間起業と正面から闘ったドキュメントです。どのような相手でも決して屈しない態度の裏には、分野を超えてものごとを調整しようとしてきた学生時代からの信念とともに、全国に先駆けて「市民の政府」を目指してきた田村氏の自治体あるいは市民への一貫した愛情を読み取ることができます。息をのむやり取りは、実名を挙げながら詳細に綴られており、小説を読むかのごとくあっという間に読み切ってしまいました。
まちづくりは理念とともに、それをどのように実現していくかというツールを持っているかどうかが重要です。このことは本書の中でも何度も書かれていますが、田村氏の言う「市民の政府」とは、それでもやはり理念が大事だということを凝集した言葉なのでしょう。

港町横浜に劣らぬ(はずの)商都博多に住む私たち。東京とオリンピックを競うばかりではなく、横浜と競える市民文化も育てていくことが必要ですね。まずはモデルに終わっている、『福岡市都市形成史』をまとめることからでしょうか。(OKA)
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by mono_koto | 2007-02-19 14:28 | 書評