カテゴリ:書評( 5 )

INAXレポートに記事が掲載されました。

INAXの季刊誌「INAXレポート/179」2009年7月号に
「ホスビタリティに見るデザイン」という特集に
由布院玉の湯旅館の記事が掲載されました。
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by mono_koto | 2009-07-22 20:38 | 書評

ゲーリーのスケッチ

ゲーリーのスケッチ(映画)
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奇才、天才的建築家の仕事がわかって興味深い。フランク・ゲーリーもまたユダヤ系アメリカ人だった。カナダから移住してきた家族は貧困でトラックの運転手まで経験していた。やはり家族や民族のようなものを背負っていた。
すでに17−8年前になるだろう。ゲーリーのサンタモニカの事務所をたずねたことがある。1時間ほど時間をもらって話をした。映画にも事務所が出てくる。映画の冒頭、ゲーリーのパートナーとしてはさみで、紙を切りながらゲーリーの考えを形にしていくクレッグは、バートンマイヤーズの事務所で先輩にあたる。作品集でもわかるが、彼が若い時の作品は、むしろ平凡な建築である。事務所の経営難にも悩まされ、やりたくない仕事も手がける、そんなゲーリーの施主が、そんなにいやな仕事はやめればいい、と助言するくだりがある。
確かに才能は決定的な要因であるが、自らリスクを背負う、極限まで追い込めるかどうか、その決断と勇気が、天才と凡才の最初の分かれ目であることが良く伝わってくる。
それにしても、才能とは恐ろしい。いくらでも予算なんかついてくる、といった感じだ。アメリカの経済界のトップが建築を文化、あるいは自らの高尚な趣味(?)として語る場面はうらやましい。また、車のデザインと同じように、まさにゴミ(彼自身、発想原点はゴミ箱の中、と比喩的に述べる場面がある)のような形をセンサーがなぞり、図面化する仕事の仕方は圧巻である。コンピューターでできる新しい造形ではない。あくまで先行するのは、手で生み出されるアナログ的な造形であり、その現実化にコンピューターが駆使されている。
確かに歴史に残る建築家であろうが、後継者は、決してでない。白井晟一がそうであったように、弟子はあくまで弟子でしかありえない。
映画監督の友人との間の対話で、話が進むが、決してゲーリーの建築について深さを求めてはならない。駄作だ!という映画評を見たが、そうかもしれない。
ただ、人間としてのゲーリーをかいま見るのに最適な映画であろう。
それにしても、日本において知る限りゲーリーの作品は、撤去された(?)神戸のフィッシュダンスというレストランが唯一だと記憶している。あの「ずれ」やあえて「おさまらない」「おさめない」「不均等」な仕上げなど日本のゼネコンが最も不得手とするところであり、やはり、この国にはゲーリーを、彼の作品の破天荒さを受け入れる土壌は無い。
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by mono_koto | 2007-06-14 12:20 | 書評

鮎川透@建築ジャーナル 「攻めて本音を聞け」

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建築ジャーナル no.1118 March 2007 「ファシリテーター列伝」

建築ジャーナル最新刊に鮎川さんが紹介されています。
鮎川さんのファシリテーターとしての側面を見ることができます。
まりえさんも文中に登場。

読んだ方はどんどん感想コメントを残してください。
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by mono_koto | 2007-03-05 16:51 | 書評

忍者型アンテナ??新たな風景の要素

アサヒ・コムにこんな記事を見つけました。

皆さんはどう思いますか?

某国の「ペンキで山を緑化計画」よりはマシかなと思いますが・・・

(イノウエサトル)

「忍者型アンテナ」続々 携帯基地局増加で景観に配慮

以下、アサヒ・コム2007年02月21日11時35分の記事より引用(画像共)
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作り物の枝葉をまとって大木に化けたり、神社の格子戸の奥に潜んだり――。携帯電話のアンテナ基地局に、周囲の風景に溶け込んで姿を消す「忍者型」が増えている。

ケータイの爆発的普及と足並みをそろえ、電波をやりとりする基地局も急増。各地の郊外に高さ数十メートルに及ぶ鉄塔が次々と姿を現すようになり、便利さと景観維持の兼ね合いが求められるようになったためだ。名古屋市東部の住宅街に面した竹林に昨春、ひときわ太い「竹」が出現した。濃緑色の表面にはちゃんと節があり、四方に伸びた枝に細長い葉が茂る。実は、高さ15メートルの鋼管を竹そっくりに塗装し、鉄製の枝葉を溶接した「擬竹アンテナ」だ。

 NTTドコモが地元住民と話し合い、竹林の風情を壊さないように工夫した。節の間隔はあえて不ぞろいにし、枝のたわみまで再現した力作に、近所の主婦は「少し離れて眺めれば、竹林に紛れて違和感がない」。オーダーメードのため、コストは通常型のほぼ倍かかったという。

 ドコモはこのほか、合成樹脂製の樹皮や枝葉をまとった松型アンテナとログハウス風の機器収納箱をセットした「山小屋型」や、鋼管にランプを取りつけた「街灯型」などを、全国22カ所の国立公園や景勝地に設けている。

 ソフトバンクモバイルは「立ち枯れシラカバ型」を長野県内のスキー場に設けているほか、広島県内の神社では基地局を境内の建物内に隠し、格子戸越しに電波を送受信させている。「携帯電話は通じて欲しいが、境内の古風な雰囲気は乱されたくない」という声に応えたものだ。

 忍者型が増えている背景には基地局数の急増がある。携帯電話とPHSの契約数は1月末で1億件を突破し、全国民のほぼ8割に行き渡った計算だ。06年末には規模の大きい携帯電話の基地局だけでも約13万局に達しており、過去5年間で2.5倍に膨らんでいる。

 特にここ数年は顧客争奪戦が激しくなる中、各携帯電話会社は電波の通じない「圏外」解消に奔走。山村部や観光地への基地局設置を急いでいるが、電波を効率よく送受信できる好立地ほど見晴らしがよく、武骨な鉄塔が目立つ結果となる。

 ドコモは忍者型のほかにも、やぐら組みの鉄塔を鋼管1本に置き換えたり、本来光沢のある表面をつや消しや茶系色に塗り替えたりするなどの景観対策を進めている。

 行政側が主導して、基地局の乱立を防ごうとする動きもある。基地局は各社の「企業戦略」に従ってバラバラに建てられてきたが、山梨県は06年度から、高さ20メートル以上の基地局を建てる場合はライバル会社に共同利用を呼びかけるよう指導。現在、新設局の2割が共用されているという。

 ドコモは「今後も通話エリアを広げていくためには、景観対策は避けられない課題。基地局を目立たせない工夫に加え、基地局の総数を抑えるような技術開発を続けていく」と話している。

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by mono_koto | 2007-02-21 12:52 | 書評

都市プランナー田村明の闘い―横浜“市民の政府”をめざして

都市プランナー田村明の闘い―横浜“市民の政府”をめざして | Excite エキサイト ブックス > 書籍情報

c0113608_14263785.jpg数年前、福岡市の都市形成史について調査する仕事をしたことがありました。そのとき参考にしたのが、『港町・横浜の都市形成史』という横浜市がつくった極めて質の高い本でした。実はこの本こそ、ここに紹介する本の著者、田村明氏のいた(というか、田村氏がつくった)企画調整局が編集したもので、当時、日本にこのようなものを作ることができる自治体があったのかと感動した覚えがあります。私の関わった仕事では福岡市都市形成史モデルのようなものをつくり、建築だけでなく都市そのものをアーカイブしていく必要があるという提案をしました。それもすでに横浜にあった横浜開港資料館などがモデルとしてありました。

本書『都市プランナー田村明の闘い―横浜“市民の政府”をめざして』は、田村氏自身が横浜市職員として、自治体を国の出先機関としか考えない官僚や利益優先の民間起業と正面から闘ったドキュメントです。どのような相手でも決して屈しない態度の裏には、分野を超えてものごとを調整しようとしてきた学生時代からの信念とともに、全国に先駆けて「市民の政府」を目指してきた田村氏の自治体あるいは市民への一貫した愛情を読み取ることができます。息をのむやり取りは、実名を挙げながら詳細に綴られており、小説を読むかのごとくあっという間に読み切ってしまいました。
まちづくりは理念とともに、それをどのように実現していくかというツールを持っているかどうかが重要です。このことは本書の中でも何度も書かれていますが、田村氏の言う「市民の政府」とは、それでもやはり理念が大事だということを凝集した言葉なのでしょう。

港町横浜に劣らぬ(はずの)商都博多に住む私たち。東京とオリンピックを競うばかりではなく、横浜と競える市民文化も育てていくことが必要ですね。まずはモデルに終わっている、『福岡市都市形成史』をまとめることからでしょうか。(OKA)
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by mono_koto | 2007-02-19 14:28 | 書評